初の対面式トークセッションを開催。JWT50のメンバーによるテニスの原体験やエピソードが披露されました

2022.12.18

初の対面式トークセッションを開催。テニスの原体験やエピソードを披露

12月18日に、都内の実践女子学園中学校高等学校にて、Japan Women’s Tennis Top50 Club(以下JWT50)によるシンポジウムが行なわれた。同シンポジウムはJWT50結成以来初となる、会場に参加者が集う対面式トークセッション(オンラインでの視聴も可能)。さらには、9月に現役を引退したばかりの奈良くるみも参加し、9人のメンバー中8人が一堂に会する、濃密な内容となった。

『日本テニスの現在地と未来~世界トップレベルに返り咲くために~』がテーマの今回のシンポジウムで、まず9人のパネラーたちにより語られたのが、各々が辿ってきた道だ。
そのなかで改めて浮き彫りになったのは、JWT50最大の特性であり財産でもある、“9人9色”とでも言うべき多様性。
それぞれ、テニスを始めた年齢や環境が違えば、性格やプレースタイルも大きく異なる。ゆえに、参加したジュニアたちにとっても、誰かしら自分を投影できる存在を見つけられる場になっただろう。

歩んだ道の多様性は、「海外遠征に行きはじめた時期」や、「子どもの頃に描いた将来像」などに色濃く映し出される。
例えば、「遅咲き」を公言する元世界4位の伊達公子は、「ジュニア時代に海外遠征に言ったのは3回か4回だけ。全部高校に入ってから」。
一方で “天才少女”と呼ばれた奈良は、小学生時代から海外遠征に行き、12歳から米国フロリダ州のIMGアカデミーに2年間テニス留学の経験がある。ただ「ホームシックになった」過去を打ち明け、「なぜもっと楽しめなかったのかと、挫折感も味わった」とも振り返った。

奈良と同様に、ジュニア時代から順調にエリート街道を歩んだ代表格が、元シングルス8位、ダブルスは1位の杉山愛だ。
やはり早くから海外遠征も経験し、ジュニアランキング1位にも達した杉山は、「家の壁にウィンブルドンのセンターコートのポスターが貼ってあった。いつかここでプレーするんだと思っていた」と幼少期を回想する。

一方の伊達や元21位の浅越しのぶは「そんなことは考えなかった」という。趣深いのは、元41位の森上亜希子の原体験。
「私はウィンブルドンジュニアに出た時、センターコートで、伊達さんと(シュテフィ・)グラフの伝説の試合を見たんです」
その時の衝撃が、「私もここでプレーしたい」との夢を彼女の心に植え付けた。ジュニア時代の経験が、その後のキャリアに大きく影響を及ぼす好例だ。

今回のシンポジウム参加者の中に、「4歳からテニスをやっている」という、京都市在住の14歳の少女が居た。
彼女がこの会に参加したいと思ったのは、10月に行われたオンラインセミナーを視聴したことが契機だったという。
「皆さんが現状に対して多くの意見を言っていて、今の自分が知りたいことがたくさん得られた。それ以来、JWT50のSNSをフォローし、今回この会のことを知ったので、親に行きたいとお願いしたんです」。
先日誕生日を迎えた彼女にとって、この会の参加は、最高の「お誕生日プレゼント」だった。

JWT50創設時に掲げたコピーが、「rally for the future(未来へとつなげるラリー)」。
その最初の一球は、早くも次の世代に届いている。